ようこそ北原荘へ2

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キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン♪
県立野庭のば高校の始業チャイムが響き渡る。
汗だくの楓が教室に転がり込んだのは、チャイムが鳴り終わる寸前だった。
「毎日こんな調子で、遅刻した事が無いのは奇跡だわ」
動悸が収まらない楓はウンザリ顔でそう言った。
「ま〜ったく、判で押したように良くピッタリ同じ時間に転がり込むわね、楓。
少しは早く家を出るって気は無いの?」
隣の席のポニーテールの少女が言った。
「そうは言っても早苗〜、家には問題児が2人も住んでるのよ〜、
昨日だっていぶきさんが夜中に部屋に転がり込んできて大変だったんだから」
「いぶきさんって、あの綺麗なヒトでしょ?どう大変なんだか想像つかないな〜」
「今度いっぺん家のアパートに住んでみたら?百聞は一見に如かずよ」
「う〜ん楽しそうだけど、とりあえず丁重にお断りしとくわ」
「あ、そ」
「あ、そうそう、楓、産休の安西先生の代わりの臨時講師、今日来るの知ってた?」
「あれ?今日だっけ?」
「そうよ〜、全く楓ったらオトボケなんだから」
早苗が悪戯っぽく笑う。
「ウチの梢と一緒にしないで」

 ガラガラ!
その時、頭がちょっといかすバーコードで小太りの男性が入ってきた。
「げぇ!?この”ちょっといかす”バーコードが臨時講師!?」
クラス中の女子が一瞬凍りついた。
・・・・・・・・・・。
良く見たらウチの学年主任だった、な〜んだ。
「え〜、皆さん。産休でお休みの安西先生の代わりにいらっしゃった
臨時講師の先生を紹介します、檜山ひやま先生どうぞ〜」
体格のいい男性教諭が中に入ってきた。ナカナカの色男だ。
「え〜、本日から臨時講師としてみんなと勉強する事になった檜山檜ひやまひのきです、よろしく!」
「いや〜ん☆カッコイイ!あの先生私、超好み!」
普段、異性に余り関心を示さない早苗が、珍しくそんな事を言う。
走り疲れてボ〜っとしていた楓が、ふと顔を上げた。
「ああ〜〜〜〜!?」
言うが早いか、楓が素っ頓狂な声で叫んだ。
「んん?・・・・わぁ!?」
檜も大声を上げている少女の顔を確認して、負けずに頓狂な声をあげた。
「ん?どうかしたんですか?檜山先生?」
学年主任が怪訝そうに聞く。
「い、いいえぇ・・、ハハ。ここの生徒は元気がいいですね〜」
「ええ、元気が取り柄ですから、ふふっ、みんな良い子ばかりですよ〜」
そう言うと学年主任は、200海里くらい先を見るような遠い目をして校庭に咲く桜を見つめた。
「なになに?楓、あの先生と顔見知りなの?」
只事ではない気配を感じて早苗が聞く。
「顔見知りも何も、あの人は・・・・幼馴染なの!」
「え、ええええええ〜〜〜〜〜!?」
早苗の叫び声も負けじとデカイ。
しかし、バーコードの学年主任は200海里モードに入ったままで聞こえていないようだった。

学校の課業も終わり、楓は早苗に引っ張られて屋上に連れてこられていた。
何事か相談があるようだ。
いつに無く真剣な面持ちで早苗が切り出した。
「楓、檜山先生の事なんだけど・・・」
なんとなく予想はしていたが、やっぱりそうか。楓は半ば複雑な気持ちで答えた。
「何?」
「あのさ、楓、檜山先生と幼馴染だっていってたよね?」
「う、うん、そうよ。小学校を卒業する迄一緒だったわよ」
「小学生までか〜、ふ〜ん・・・」
早苗はなんだか少し嬉しそうにしている。
「な、何よ早苗ニヤニヤして気持ち悪いわね」
「ね、ね、楓は檜山先生の事どう思ってるの?」
「ど、どうって?う、う〜ん、お、幼馴染よ」
「それだけ?」
「それってどういう意味?」
「うん、はっきり言えば楓が檜山先生の事が好きかどうかって事」
「え、ええ!?」
楓は驚いて大声を上げた。無理も無い、その質問は図星だからだ。
恐るべし、坂崎早苗。
「で、どうなの?」
「う・・・・、た、タダの幼馴染よ」
「ホント?」
「ほ、ホントよ!」
「ホントにホント?」
「し、しつこいわね!ホントよ!」
そう楓が言い切ると、早苗は屈託の無い笑顔を浮かべた。
「あ〜良かった!もし楓が檜山先生の事好きだったらどうしようかと思ったよ〜☆」
「な、それどういう事?」
「うん、あたし檜山先生の事ホントに好きになっちゃった、一目惚れ!」
「!!!」
「初めて好きになった人の事で、マブダチの楓と恋敵とかになったらやだな〜って
思ったんだけど、そっか楓、なんとも思ってないのか。良かった〜!ホッとしたよ!」
楓は自分の心臓が走るのをハッキリ覚えた。
(しまった、私、とんでもない嘘をついちゃったのかも・・・、ど、どうしよう?)
「楓」
「え?」
「ね、今度私を檜山先生に紹介してよ、それから上手くいくように応援してね☆」
「う、う・・・うん」
「や〜ん、ありがと〜☆やっぱり持つべき物は友達だよねっ!
やっと私にも春がきたわ、なんだかワクワクしちゃう〜☆」
目を輝かせる早苗とは対照的に、楓は”ワクワク”とは全く逆の気分に沈んだ。


続く